千代(仲間由紀恵)の深い涙が、一豊(上川隆也)の悲しみを和らげて
くれたような気がした。
功名が辻、第33回「母の遺言」。
上川隆也は「無事是名馬を目指す」の精神で、大河ドラマという長丁場
を戦い切る思いを表していた。
「無事是名馬」は、突出した力はなくても、怪我をしないで長く走る競
走馬こそ名馬であるという意味合いの、菊池寛が放った名言。「無事是
貴人」を捩ったものらしい。
「無事是貴人」は、臨済義玄の語録「臨済録」にある言葉で、歳末など
に大過なくすごせた1年に感謝する気持ちの表現として使われることが
多い。もっとも禅語であるから本来は、いかようにでも深い意味を創り
出せる言葉だろうとは思う。
また、山本周五郎の短篇小説に「日々是平安」というのもある。
黒澤映画「椿三十朗」の原作ともなった。三船敏郎の演じた抜き身の刀
のようにギラギラした「椿三十朗」とやや違って、主人公は、のほほん
とした感じで気ままに人生を送っているような風である。
人間は特別なことをしないで、ただ生きていくだけでもいろいろ辛いこ
とがあるし、業のようなものは日々積み重なっていく。自分は何もしな
くても周囲の問題が飛び火してくることもある。怠けていたツケは必ず
あとから支払わされる。親はいつまでも生きているわけではないし、次
第に責任のようなものがのしかかってくる。
ただふつうに生きて、天寿をまっとうするだけでも人は貴いのかもしれ
ない。
「無事是名馬」となることは、大変な努力と気配りがいるのではないか
とも思う。